日本維新の会の、国籍法等の改正法案提出の動きについて

現在、日本維新の会は、日本以外の国籍を持つ人が、国会議員や国家公務員になることを禁止するための法案提出を、検討しているとのことだ。
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016090800625&g=pol

 

この問題について、過去の国籍法なども参考にしながら、考えてみよう。

 

まず、わが国最初の統一的な国籍法は、(1)旧国籍法(明治32年法律第66号)である(※ これ以前にも、部分的な国籍関係の法律はあった。この記事の最後を参照。)。

 

夫婦国籍同一主義と親子国籍同一主義を基本として、家族制度に対する配慮も見られた。

 

その後、(2)新国籍法(昭和25年法律第147号)が制定される。

 

成立時期からもわかるとおり、新憲法日本国憲法)の趣旨にのっとった改正である。

 

そして、(3)現国籍法(昭和59年法律第45号)が制定される。

 

女子差別撤廃条約や国際情勢の変化等に対応するためである。

 

この時に、父系血統主義(父が日本人の場合のみ、子が日本人)を改め、両系血統主義(父母どちらかが日本人なら、子も日本人)を採用し、現在問題となっている「国籍選択の制度」も新設された。

 

さて、これら(1)~(3)の「国籍法」を振り返ってみてみると、(1)旧国籍法の時代、帰化者(法律上は「帰化人」)は、国務大臣国会議員、その他の一定の役職(陸海軍の将官など)は禁じられていたようである(旧国籍法16条)。

 

さすがに管理人は生まれていないので、解説本や(1)旧国籍法を見ると、そう書いてある。

 

なお、旧日本軍の洪思翊中将(明治22年生まれ)は、明治43年8月の日韓併合条約によって、日本国籍を取得した朝鮮人であったので、この(1)旧国籍法16条の規定に反しているように思われる点が、管理人は気になった。

 

洪思翊中将については、次のページ参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%AA%E6%80%9D%E7%BF%8A

 

調べてみると、台湾や樺太と異なり、朝鮮には、(1)旧国籍法は施行されなかったとのことである。

 

したがって、(1)旧国籍法は、朝鮮人に適用されず、朝鮮人たる身分の得喪、その結果としての日本国籍得喪は、慣習と条理によって決せられ、その慣習と条理の内容は、(1)旧国籍法に準ずると解されていたようである(改訂 国籍実務解説 12ページ)。

 

おそらく、これが関係しているのではないかと思われるが、ハッキリとはよく分からない。

 

話が脱線したが、(1)旧国籍法16条の帰化者への制限は、(2)新国籍法が制定された時に、廃止されている。

 

どうも、この時に、帰化者への制限がゆるくなった感じである。

 

その他、ざっとであるが、(1)旧国籍法と(2)新国籍法を見てみたが、「重国籍者」に関する規制のようなものは見当たらなかった。

 

当時は、おそらく、あまり重国籍者が多くなかったからではないだろうか。

 

そのため、「重国籍者」については、あまり深く考えられていなかったのではないかと思われる。

 

(1)旧国籍法時代は、父系血統主義を採用するとともに、身分変動(結婚や養子縁組等)によって、日本国籍を失いやすく、(2)新国籍法を制定する際も、父系血統主義は変更されないままで、その他は、新憲法の趣旨を反映させることばかりに、気を取られていたのではないかと推測される。

 

「重国籍者」が増えだしたのは、(2)新国籍法で、日本国籍を失う場合が減ったことと、(3)現行国籍法で、父母両系血統主義に改められたことが原因だろう。

 

特に、両系血統主義に改められたことにより、単純計算すると、2倍は「重国籍者」が増えたと予想される。

 

ただ、この際は、「重国籍者」が増えすぎることを防ぐために「国籍選択の制度」が導入されが、この規定が、あまり守られていないことが問題であろう。

 

 

以上の流れ等を踏まえ、総合的に考えると、まず、「国籍選択の制度」をきちんと守ってもらえるように、罰則を強化等することが必要であろう。

 

現在も、国籍法15の催告で、「重国籍者」に日本国籍を失わせる規定があるが、これは影響が大きすぎて、なかなか使えない。

 

そして、国籍法の中ではなく、国家公務員法やその他の法律の中で、「重国籍者」への制限を規定する方がよいのではないかと思われる。

 

というのも、現代の社会は、複雑かつ多様化されているので、個別の法律で規定した方が、社会の実情に見合ったものになるからである。

 

日本維新の会の国籍法等の改正法案提出の動きを聞いて、管理人としては、このように思った次第である。

 

 


我が国の最初の国籍関係の立法は、(1)明治6年第103号布告(外国人民ト婚姻差許条規)である。

 

これは、国籍の得喪に関する包括的なものではなく、外交人との結婚には政府の許可が必要で、その際に日本国籍がどうなるかというものであった。

 

次に、(2)旧民法(明治23年法律第98号)人事編である。

 

ただし、いわゆる法典論争の結果、旧民法は施行されず・・・。

 

そして、(3)明治6年第103号布告改正法律(外国人ヲ養子又ハ入夫ト為スノ法律)(明治31年法律第21号)である。

 

外国人を養子にするときに、政府の許可が必要である等の改正である。